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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2486号 判決

控訴人

植山一郎

被控訴人

川島昌司

被控訴人

小林繁

右訴訟代理人

鈴木信雄

ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一まず、控訴人が妨害行為であると指摘する被控訴人らの行為の有無ならびにその態様について判断する。《中略》。

二そこで次に被控訴人らの行為が控訴人の主張するような不法行為を構成するか否かについて判断する。

およそ、高層建築により、その付近の住民が、受忍限度をこえて、いわゆる日照権その他の生活上の利益の侵害をこうむるに至つた場合は、右建築は、建築基準法上の確認を得たものであると否とに拘りなく、右の付近住民にとつては不法行為となり、被害者たる付近住民は、建築主に対し、よつて生じた損害の賠償を求め、場合によつては、事前に右建築工事の差止を請求することができると解するのを相当とする。しかしながら、この場合、右被害者のなしうる損害賠償の請求ないし工事差止の請求は、あくまで法律上許された方法によるものに限られるのであつて、この限度をこえた実力の行使は、違法となり、逆に建築主に対する不法行為を構成することもありうる。蓋し、法は、いかなる場合も、自力救済を認めないからである。もつとも、このことは、被害者が、侵害を回避するための方法として常に必ず訴訟という方法によらなければならず、それ以外の紛争解決の手段を選ぶことができないことを意味するものでないことは、いうまでもない。即ち、訴訟以外の直接交渉その他の方法も、それが平和的なものであり、公序良俗に反しない限り、前述の「法律上許された方法」に含まれるものと解すべきである。

更に又高層建築により付近住民の受ける生活上の不利益が受忍限度内である場合でも、それらの者は反対運動が一切禁止され、拱手傍観しなければならないものではない。もとより暴行脅迫その他の実力行使、虚偽事実の宣伝等は許されないが、平和的で節度のある反対運動、換言すれば違法性を帯びない行為によつて生活利益を守ることは、許されて然るべきであつて、その限度は、具体的事情に応じ、反対運動の内容、方法、程度に照らして判定されるべきものである。

以上のような観点に立つて本件事案をみるならば、控訴人の指摘する「妨害行為」とは、

(一)  昭和四八年六月一一日頃および同年七月三日頃に、静岡市長および静岡市議会議長に対して、本件住宅建設の「反対陳情書」を提出したこと。

(二)  同年七月一〇日頃、本件宅地の公道寄りに「植山一郎高層アパート建設反対、水道町住民一同」と記載した畳一帖大の脚付立看板を出したこと。

(三)  同年九月上旬頃、被控訴人らの各居宅の玄関脇に「植山高層建設反対会員」と記載した横一二センチ、縦六一センチのプラカードを取付けたこと。

(四)  同年一〇月二日頃、被控訴人らの居宅およびその付近の塀、電柱、住宅の入口等に、「植山高層建設絶対反対、町民の生活を破壊するな!! 反対同盟会員」と記載したビラ七、八〇枚を貼り、更に同月八日頃本件宅地から約七〇米離れた水道町の交差点まで道路沿いの建造物に軒並に右のビラを貼つたこと。

(五)  同年九月二六日に市の建築指導課吏員朝比奈毅と手塚晃の両名が本件宅地前の公道の測量に赴いた際、被控訴人らを含む反対同盟の会員らが本件宅地および歩道付近に集合し、異常な雰囲気を醸成したこと。

(六)  被控訴人川島を含む反対同盟の会員数名が東京の住宅金融公庫関東支所に赴き、本件建築の資金を控訴人に対して融資しないよう申入れたこと。

の六点に尽きる。しかし、このうち(一)、(六)の各行為は、それ自体違法性のある行為とは認められず、また、(一)の陳情行為によつて本件建築確認手続の遅延を招いたものである旨の証拠はない。尤も原審証人瀬尾紀の証言によれば、控訴人の確認申請書類には不備があつたので、何回かその訂正を指示し、又静岡市独自の立場から付近住民と控訴人との間に話合いが成立するよう行政指導した結果として、確認手続が遅れたことは推断されるが、被控訴人ら反対派の圧力に屈して確認手続が遅れたものでないことが明らかである。さらに(五)の行為については、その結果として測量の実施が不能となつたり遅延した旨の主張立証がなく、(六)の行為については、その後の昭和四九年三月二五日頃、住宅金融公庫関東東支所から控訴人に対し、右建築資金の融資を認めない旨の通知がなされたことは前記認定のとおりであるが、右の融資の拒絶が被控訴人川島らの申入れによるものであると認めるに足りる証拠はない。従つて、これらの行為がいずれも控訴人に対する不法行為を構成しないことは明らかである。

次に残る(二)ないし(四)の行為についてみるならば、これらは、いずれも被控訴人らを含む反対同盟の会員らの控訴人に対する本件高層住宅の建設に反対する旨の示威手段の一環をなすものと解せられる。

ところで弁論の全趣旨より明らかなことであるが、本件においても、他の多くのいわゆる日照紛争と同様に、建築主側と住民側との間に、問題の建物の建設に伴つて、具体的に、どの程度に、どの範囲にわたつて、住民の生活利益の侵害が生ずるであろうかという点について、認識が一致していないのである。そして、この場合、果して住民側に受忍の限度をこえる生活利益の侵害が発生するか否か、発生するとしてもそれはどの程度のものであるか、ということは、結局は裁判所の判定をまつほかない状態にあるといえよう。そして控訴人が計画通り一二階建の建物を建設すれば、冬至において被控訴人川島は午前中殆んど日照を阻害され、その他近隣住民も一ないし三時間の日照を阻害されることは、控訴人の自認するところであり、原審証人瀬尾紀の証言によると、静岡市都市計画審議会は昭和四八年五月三〇日本件宅地一帯を準工業地区とし、建物の容積率を二〇〇%以下とする答申を決め、これを基準とすると、控訴人の建設する一二階建建物は容積率が六〇〇%を超えるものであつて、右の規準が法制化されていなくても当時控訴人の計画していた一二階建の建物が環境にふさわしくなく、付近住民の日照等の生活利益を低下させることは明らかである。ところで、本件では、原審における当事者双方尋問の結果にてらして明らかなように、控訴人側も被控訴人側もこの生活利益の侵害についての訴訟的判定を求めることなく、いわば問題の中心点を未解決状態におきながら、双方の自主的交渉の場において紛争を解決しようと試みたのである。このようにして、当事者双方の認識の不一致を前提とする限り、住民側としては、その交渉を有利に導くため、世人の共鳴を得る目的で、相手方の建築計画の不当性を表明する趣旨の宣伝や示威を行なうことは、それが暴行、脅迫を伴つたり異常に誇張された表現のために、相手方の体面を汚したり、いたずらに相手方にいやがらせの気持を与えたりするようなものでない限りは、許されるものと解すべきである。このような見地から、本件における被控訴人らの宣伝行為の表現内容を考えるならば、これらは、右に見たように、「植山一郎高層アパート建設反対」「植山高層建設反対」「植山高層建設絶対反対、町民の生活を破壊するな!!」というのであつて、いずれも、もつぱらら控訴人の本件建設に反対する意思を表示しているに過ぎず、「町民の生活破壊」と言う表現も前述したところから判る通り虚妄の事実を宣伝したとは認めがたい。従つてこれらの表現が控訴人を誹謗したり、その名誉を傷つけたりするものでないことは一見して明らかである。

次にこれらの意思表示の方法について考えてみるのに、前記(四)のビラの貼付は、これだけを取上げると、執ようでその程度を超えているよう認められるが、前認定の通り本件高層建築反対の署名は、水道町町内会員三七六名中三五二名に達していることを考えると、水道町内の道路沿いの建物に七〜八〇米にわたつて反対ビラが貼られたことを以て、事実に反して反対者が多数いることを誇示したとは認められず、違法と断じられない。又前記(二)の脚立付看板も、前認定のとおり、控訴人経営の駐車場である本件土地の表側の金網柵の前に設置されたが、控訴人より撤去の申入れがあつたので一日で撤去され、さらに、その後一時的に、本件土地の東隣りの訴外海野芳松方居宅の西側に立掛けられたがまもなく撤去されたというのである。これらの行為は、場合によつては控訴人の駐車場の経営に対して支障を与える可能性を有するといえないこともないが、控訴人に対し、これらの行為によつて具体的になんらかの損害を与えた旨の主張立証はなく、結局、この点についても、控訴人に不法行為に基づく損害賠償請求が発生したものとはいいがたい。《後略》

(室伏壮一郎 小木曾競 深田源次)

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